ヤドカリの勧め


@ '06年10月07日の白馬の遭難から。

最近の中高年登山ブームや一般から募った登山ツアーに、なにか異質なものを感じています。それが良いとか悪いとか言う気は有りません。ただ知っておくべき事を知らなかったが為に事故や遭難騒ぎを起こしているような気がしてなりません。
事故は当人達だけの問題ではありません。家族達にとんでもない悲しみ、苦痛を与え、それに経済的な負担までも強いる事になります。また地元の人達にまで大きな負担を負わせる事になります。そんなことを知った上で、みなさん行動しているのでしょうか。
知っておくべき事を知って頂き、それがたとえ一件でも事故防止に繋がれば、と思っております。

まずは、以下のはてなDiaryに記したものと同文から。

2006-10-08 のダイアリー : 10月10日前後

数年前までは10月10日は体育の日で休日だった。同時に眼の日でもある。
「日本人は働きすぎだから土日曜と纏めて連休にしましょう。」って事で、必ずしも10日が休日ではなくなってしまった。今では日本人は働かなさすぎのようだが。お役人様は暇人ばかりである。やることが無いからこんな馬鹿なことを思いつくのだろう。

前置きはさておき、この時期は紅葉シーズンでもある。丁度標高1500mから2000m付近がピークとなる時期である。と同時に予期せぬ大雪に見舞われる事も珍しくない時期である。秋山を経験している人には極一般的な常識である。昨日の紅葉狩りHikeを途中で引き揚げたのも、この予備知識が頭の片隅にあった結果かもしれない。(御岳山頂小屋はまだ営業しているので逃げ込み可能であるが、そんな恰好悪い事は私のプライドが許さない。)

そして今朝の新聞には、白馬と穂高での遭難の記事。白馬ではガイド以外は全てお年寄りの女性ばかりとか。そして既に2名の死亡が確認されている。ビバークの2名もおそらく…。疲労の度合いにもよるが防寒具なしでこの時期のビバークは難しい。ツェルトなんて風雪の直撃が避けられるだけで隙間風だらけである。雪洞なぞ掘れる状況ではないし。おそらくビバーク組は疲労困憊の上の最初の脱落者だろう。
新聞記事ではガイドの判断が甘かったように記されている。確かにそうも言えるが全面的にガイドだけ悪者にして済む事だろうか。おそらく事前に個人装備として防寒具は指定してあった筈である。全員防寒具なしが解かったのはかなり登りきった後の疲労が出始めた頃ではないか? たった一枚とは言えその有無が生死を分けるのである。「小屋にさえ辿り着けばなんとかなる。」と考えて下山をためらったのかもしれない。この時期まだ営業小屋があるって事も媚薬のようなものである。真冬なら装備の不足が判った時点でためらわず下山に踏み切った筈である。
ガイドと顧客である登山者との間のコミュニケーションってどう図っているのでしょうね。初対面同士がいきなり入山口でおちあうなんて事は無いですよね。相手の力量も解からずよく同行できるものです。私なぞ怖くてそんな事できません。
どの山を登った事があるかをヒアリングして目安としているのでしょうか? でも連れて行ってもらっただけの山行なんて経験の内に入らないと思うのですが…。
岩登りや雪上技術も大事なファクターですが、山での生活術も同様に大切なファクターです。山小屋にしか泊まった事の無い人、用意されたテントにしか泊った事の無い人に山での生活術が身に着いているとは思えません。これが身に着いているかどうかなんて一緒に行って始めて解かる事です。山での生活術の無い人なんて赤子以上に厄介です。
かといって商売としてガイドをやっている限りそこまでの資格審査なんてやっていられないのが現実でしょう。また顧客サービスの為、必要以上のリスクも背負い込まざるを得ないのでしょう。その結果自身が命を落としたり顧客を死なせてしまったり。
今回のガイドさんも、この先一生この十字架を背負って生きていかなければなりません。そんな人を非難する事なぞできないと思うのですが…。



2006-10-09 のダイアリー : ヤドカリの勧め

一昨日の遭難、まだ大きな進展は無いようです。今朝の新聞では白馬のビバーク組もツェルトが飛ばされてしまい、生身のまま地吹雪に曝されているとか。残念ながらツェルトを飛ばされてしまってはねえ。この一枚が、生死の分かれ目である事が判らなくなるほど、意識が混濁していたのでしょうか。それとも強風で破れてしまったのでしょうか。
今のツェルトは畳むと煙草一箱程の大きさになるとか。ハイテクかどうか知りませんが、中高年の要求に合わせ極端に軽量コンパクトにした結果、強度不足になっているのかも知れません。(私の思い違いなら良いのですが。)
未だに私が使っているツェルトは煙草1カートンより大きいくらいです。底面は厚手の防水布を使い、中割れ式の極オーソドックスなものです。底面に防水布を使っていたらどう考えても煙草一箱の大きさにはなりません。

私はヤドカリです。私に限らず、昔の山岳会で育てられた人達は皆ヤドカリだったと思います。
ヤドカリ…そう、常に家を担いで行動しているのです。たとえ日帰りの低山Hikeでも。
個人山行ではヤドカリが常識ですが、合宿などでは共同装備に代わります。ですから合宿の方が個人山行よりリスキーだと思っていました。装備を分担するにしても同じような機能の装備はひとりに集中させないようにしていました。例えばテントを持った者が落ち、回収できなくなっても別の者がツェルトを持っていれば何とかなります。
家には釜戸、暖炉、照明器具も必要です。そして台所に調理器具も必要です。これだけ揃っていれば外が嵐だろうが吹雪だろうが、燃料(人のも含めて)の続く限り生きて行けます。
昨日の日記で山での生活術と言いましたが、この【ヤドカリ生活が出来るかどうか】に置き換えても良いかと思います。
そして、こういった山での常識を教えられていない中高年諸氏にも、ヤドカリになって頂きたいと思います。また実際に装備を使いこなす事で、装備の評価を行い実用的なものを選んで頂きたいと思います。

ここでひととおり【ヤドカリ道具】の説明をしておきます。

●ツェルト
家そのものです。冒頭でも述べましたが、あまりコンパクトなものは私は信用していません。底面中割れでしっかりした防水布がお勧めです。お尻で常に地面に押さえつけている訳ですから岩角で擦れても破れない丈夫なものでないと用を足しません。こういった袋物は一箇所破れると、強風下ではそこから破れが広がります。
強風下ではただ被るのではなく、飛ばされないように自分の体重で押え付けておくのです。バタバタと身体中を引っ叩かれますが、生身を直接地吹雪に曝す事と比べるとまるで天国です。
ひとりでは自分の頭が支柱となるため出来る空間は狭いです。風が無ければ中で傘を差すと空間が広がりテントと変りません。背中にツェルトが張り付くのが厭ならザックを後ろに置きそれにもたれれば保温にもなります。

●コンロ
炊事の為の移動式釜戸 兼 暖炉です。ビバーク時は釜戸としてよりストーブとして使います。
もし身体中がずぶ濡れで着替えが無ければ、ツェルト内で空焚きし着乾かしします。早めの着乾かしが体力温存には有効です。
ビバークを決め込んだら早めに餌を摂り、少量のウヰスキーのお湯割りで身体を暖め、その勢いで眠てしまいます。冬場など深夜のうちから寒さで目覚めてしまいますがこれからが寒さとの戦いです。寒さに耐えながらうつらうつらとして脳ミソを休めるのです。
寒くてどうにも我慢が出来なくなったら空焚きするのも良いでしょう。この瞬間本当に気持ちが良いものです。短時間ですがぐっすり眠れます。暖まったらガソリンが勿体ないので火を小さくするか消します。すぐまた冷え込んできますが、この一瞬の暖房と深い睡眠のおかげで暫くの間は我慢ができます。
雨などでツェルトが濡れていると酸欠になります。火力が急に落ち青い炎が赤くなりだしたら酸欠注意報発令と思って下さい。火を消し底を開き外気と入替えします。そうならないようベンチレーターは開けっ放しにしておきましょう。
そんなに強い降りでなければ空焚きでツェルトが乾き通気性は確保できます。

●ライター
最近のコンロは圧電着火式が多いので不要かもしれませんが、キャンドルや焚き火用に重宝です。
私はトーチ型のライターを持ち歩いていますが、時々ストライキを起こすのでターボライターも持っています。何れも風に強いので重宝です。同じ100円ラーターを買うならターボライターがお勧めです。間違ってもジッポなどのオイルライターは持ち歩かない事です。冬場は使い物になりません。

●キャンドル
直径5cmくらいのぶっといキャンドルです。ぶっといので自立しており倒れません。悪天の中、家から焼き出されるという事は死を意味します。くれぐれもコンロを含め火の扱いは慎重に。
説明が後になってしまいましたが、これはヤドカリ住宅の照明器具 兼 簡易暖房器具です。ビバーク中の明かりはとても大事なものです。明るいだけで安心感が違います。炎の明かりに揺らめく相棒の顔を見ていると凄く頼もしくまた愛しく感じます。中年ご夫婦でヤドカリ生活をしようものなら、お互いの知らなかった面を発見し尚一層信頼感、愛情が増すかと思います。…リップサービスです。
キャンドルの火力って皆さん過小評価していると思います。無風状態では、これを点けているだけでツェルト内の暖かさが全く違います。目が覚めてしまい眠れない時など、ホーローカップに雪を掬いキャンドルの火にかざしておきます。1時間程で水に替わり、また1時間程で部分的に泡が立つほど熱くなります。ここにウヰスキーを垂らしたり蜂蜜を垂らしたりしてちびちび回し飲みしていると退屈な時間が結構潰せます。
薄くスライスした行動食のサラミをナイフで刺し、それをキャンドルの火にかざすとジュウジュウと油が滴り、それがキャンドルの火で燃え、まるでプチバーベキューです。熱々をナイフのまま口に入れ、ハフハフと食べます。この旨い事。…あっヨダレが出てきちゃった。
ビバークは苦痛を耐え忍ぶのではなく、創意工夫で楽しむものです。

●コッファー、水筒
俗に言う鍋釜です。ヤドカリ生活では調理器具と言うより雪を掘る為の道具 兼 湯沸し専用の鍋です。
降雪が激しい時は埋められてしまわないようシャベル代わりになるものは何でも使います。全員総出で雪かきします。まあこれはテントでも同じ事ですが。
飲料水を作る為の雪かきにも使います。当然本来の目的の湯沸しにも使います。雪を溶かす段階で鍋の周りが結露して水滴だらけになります。この水滴をこまめに取る事が燃料節約になります。
作った水は表面のゴミを取ります。真ん中に浮遊しているゴミは諦めて飲んじゃいましょう。ある程度熱くなるまで暖めてアルミ製の水筒に入れます。この時底に残ったゴミは入れないように。(積雪期ではゴミの心配は殆どありません。)
この水筒をタオルで包み湯たんぽとすると厳冬期などは凄く快適に過ごせます。湯たんぽとしての使用後は翌日の飲料水となります。アルミ製の水筒は飲み口さえ開けておけば直火で加熱も出来ます。
冬場も使う水筒は飲み口はバネ式の物を選んで下さい。間違ってもスクリュー式は選ばないように。ネジ部が凍りついたら開けられません。

●防寒具
何をどう持ち歩くかは人それぞれですし季節によっても違います。でも不要なくらいオーバーなものを持ち歩くのが基本です。使わずに済めばLuckeyだったと思えば良い事です。
私は真夏の御在所通いでも、軽羽毛服と薄手のアクリルセーターを持ち歩いています。というより入れっぱなしと言う方が当たってます。毎回用意しなおすものだから忘れ物が出来るのではないか?と思っています。昔から不精で何もかも入れっぱなし。おかげでそれらのものを忘れた事はありません。
薄手のアクリルセーターはお勧めです。少し寒い程度なら上着として、ずぶ濡れになってしまった時は肌着として着替えます。アクリルは水抜けが良いので、着替えた後また濡れても乾きが早く保温性も高いです。実際冬用肌着としてアクリルセーターを使っていました。人によってはチクチクと着心地が悪いと思われるかもしれませんが疲労凍死するよりは良いでしょう。
保温は肌着が重要です。まさか綿製品なんて誰も使っていないでしょうね。綿製品は山ではタブーです。間違っても綿製品だけは使わないように。例え夏でも。例外として言うならザイルを肩絡みで使う時のパーカーくらいでしょうか。摩擦に強く高温になっても化繊のように融ける事がないので。でも今時そんな方法は誰も使わないでしょう。(チョット脱線。)

●おまけ
ナイフはサラミをスライスする為だけではありません。フォーク代わりだけでもありません。ヤドカリ生活でちょっとした工夫をするのにこんなに便利なものはありません。爪の割れの手当て、ささくれの手当て、何か切りたいと思った時、飲み物に何か混ぜてスプーン代わりに、お湯が沸いたかどうかの確認に(鍋の蓋にナイフなどの金属を当てると沸騰していればジジジジ〜と音がします。)壊れ物の補修、ドライバー代わりに、etc. etc.
テント内でラテ(ラテルネ:懐中電灯やヘッドランプ)を明かりに使っている人を見かけます。ラテは行動時の明かりです。いくらアルカリ電池の容量が大きくても何十時間も持つ訳がありません。私には、行動時の大事な照明を無駄に使っているとしか思えません。
ヤドカリ生活でラテを使うのは、キジ撃ちに出かける為の道具です。努々居室で使う事無かれ。

●あれば便利
シュラフカバー:寝袋なしでこれに包まり足はザックに突っ込む。これだけで全く暖かさが違います。靴が脱げなければ履いたままでも。別に決まりがある訳ではありません。
象足:最初から冬場のビバーク山行と決めて行くなら是非お勧め。あると無いとでは天国と地獄。

ビバークは特別なものではありません。昔は最初からビバークを想定した山行を組んだりしていました。季節の良い頃なら全日程ビバークってのもありました。冬場は人の残した雪洞に居候すれば行動時間に凄く余裕ができます。山小屋かテントでしか泊ってはいけない、なんて法律はありません。普段からビバークに慣れておけばいざって時にも余裕を持って対応できます。
(夏場の一般ルート上では止めましょう。恐いお兄さんに撤収させられます。またエコロジストの方々からは、排泄物で環境破壊になると叱られます。)
あっ、あっ、あっ、こんな事書いたらエコロジジイの集中攻撃くらうかも。世の中には携帯トイレがあるそうなので是非それを携行してください。(これで集中攻撃は避けられたかな?)

ヤドカリ道具一式の他に登攀具一式詰め込んでも30L程度のアタックザックに充分収まります。
小屋泊まりでそれも夏、登攀具も持たないで40L以上のザックを担いでいる方々、一体何を入れているんです?
中身を一度見直してみませんか? 煙草一箱サイズのツェルトなど軽量コンパクトな道具を持ち歩いていながら、なぜあんなに大きな荷物になるのでしょう。そうだ、きっとビーチボールがいっぱい入っているのに違いない。

上記にもあるようにビバークは特別なものではありません。幕営禁止地域だから駄目というものでもありません。泊るのはテン場か小屋しか駄目と考えずに、自身の体調を推し量り限界だと思えばそこがビバークを決め込む地点です。当然ある程度の余裕を残して早めにビバークに入るべきです。また地形から風当たりや雨露をなるべく避けられる所を選んで場所を決めます。
白馬でのビバーク中の2名(結局亡くなられ遺体を回収したそうですが)は、あれはビバークではなく行き倒れです。ビバークするなら体力の限界に達する前に、もっと早くもっと適切な場所を選んでするべきです。
きっとあの人達の頭の中には、「何が何でも小屋へ辿り着かなきゃならない。」という考えしか無かったのでしょう。他にいくらでも選択肢はあるのに。
知らないって哀しい事です。



A ヤドカリ道具

以下は私が常時携行しているものです。
なにしろ経済的な事情から30年前のものをそのまま使っているので、今風の道具を揃えればもっと軽く小さく高機能なものになると思います。
そして手近な低山からどんどん試してみてください。テレビを観てバカ笑いしながら夜を過ごすのも良いでしょうが、時には静かな山の中で過ごすのも良いものですよ。感性がどんどん研ぎ澄まされ思索に耽るも良し、瞑想に耽るも良し。こんな中にいると無神論者の私でさえ、なにかしら【おおいなる力】の存在を感じるようになります。
では写真付きでどうぞ。

●ツェルト
黒い部分が底面の防水布です。中割れになっており付属の紐で繋ぐ事もできます。
右が畳んで袋に入れた状態。とても煙草一箱にはなりません。濡れるとこれがまた重いんだ〜。



●防寒着 軽羽毛服
もうボロボロですね。そこらじゅう生地が劣化し穴が空いています。そこから羽毛がどんどん抜けて行きます。
アップリケは昔のカギ裂きやコンロに触れて生地が融けた所です。全てかみさんの力作です。
カタツムリ、イチゴ、キャンデーが解かるかな?



●防寒着 薄手のアクリルセーター
アクリルは丈夫ですね〜。どこも傷んでいない。まだまだ現役。



●水筒
内面ホーロー引きで錆びません。金属臭が無く水が旨いです。
いびつな形を笑わないでね。



●コンロ
  これも年季物です。でも現役のバリバリのブリブリです。



●ライター
  左はトーチライター。青い炎が見えますか。
右の写真中はターボライター。これも風に強いです。



●ナイフ キャンドル
  ビクトリノックスだと思っていたら。なんとゾーリンゲン・ヘンケルのマークが。そう言えばこのナイフ、ドイツへ行った時、取引先の人からプレゼントされたんだっけ。
小さい方は紛れも無いビクトリノックス。いつも首から提げ胸ポケットに入れていた。いざって時の紐の切断用に。
紺色のがキャンドル。かの高田直樹氏が【コンプレックスの蝋燭】と呼んでいたものです。何がコンプレックス?



●その他もろもろ
  その他の小物類ってこの程度です。あまり嵩張らないでしょ。
登攀具、鉄類が入らないとザックがガサガサです。皆さんなぜあんなでかい荷物を持っているのか不思議でなりません。
手袋は自分で繕ったりツギアテしたり。かみさんがやってくれないというより、自分の道具は自分でメンテしましょう。それが自分の為でもあります。



では中高年の皆さん、固定観念にとらわれず斬新な発想で山での生活を楽しんでください。
体力に応じて何処ででも休憩、宿泊できる事を体感し、遭難で周りに迷惑をかけないで人生を楽しみましょう。


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