よく頑張ったね。おつかれさん。


20060223

どんな競技にも多かれ少なかれリスクは存在する。
そんな中で冬期の雪や氷の上での競技は特にリスクが大きいように思う。
手堅く纏めていては好結果は得られない。かといって果敢に攻めていても、ある一線を越えてしまうとコースアウトや転倒で自滅する事になる。その一線をどう見極めるか、限界のどこまで近付けるか、が勝敗を左右する。 一度や二度好結果が得られたからといってそれが実力と思うのは大きな間違いである。ちょっと条件が異なるだけで結果には雲泥の差が現れる。
それを最も熟知しているのは選手達自身である。口では大きな事を言っていても、それは自身を追い込みコンセントレーションを高める為にしている事で、最も不安がっているのも当の本人達である。
条件に左右されるということは運が大きく影響するという事でもある。実力が伯仲しているほど運が勝敗を決するウエイトが大きい。本当の実力者というのはどんなコンディションでもきっちりと好結果を出す人の事かもしれない。それとても必ず頂点に立てるかどうかは解らない。最後はやはり運なのである。
「やれるだけはやった。力を出し切ったから悔いは無い。」と皆さんよく仰るが、全くの嘘なのである。「あそこはああすれば良かった。ここはこうすべきだった。」と心の中は悔いだらけなのである。
そんな繊細な選手達の気持ちなど全く解せない門外漢のマスコミが、「やれ金だ。やれ銀だ。」などと勝手に騒ぎ立て挙句の果てに「ふがいない、根性がない。」などとのたまわっている。
「勝手に騒ぎ立てているのはあんた達だけだろう。」と言いたくなる。それに踊らされて裏切られた気になっている一般視聴者がいる。「誰もあんた達の為に競いあっている訳じゃない。」と言いたくなる。あんた達が選手に何をしてやったっていうんだ。なんの援助もしてもらっていない。皆自費で普段からトレーニングに励んでいるんだ。色々ある誘惑に打ち勝ちながらそれに励んでいるのは、ただただそれが好きだから。自分がそうしたいから。国から補助を貰って生活しているわけじゃない。スポンサーのついた人達なんてほんの一握り。殆どがなにもかも自分で賄っているのである。
根性で勝敗が決まるなんてまともに信じているとしたら、前世紀の遺物としか言いようがない。(どこかの都知事が言っていたな。本当にバカ丸出しである。)皆、勝つ為の方法を科学的に研究しているのである。自分の強みを最大限生かす方法、弱みをカバーする方法、ルールや審判員を味方にする方法。選手達の方が余程冷静でクレバーである。根性論を振りかざす連中を見ると太平洋戦争当時の大日本帝国の軍隊を連想してしまう。勝つ為の方法を科学する訳でもなくダメなら玉砕。なんて日清、日露戦争時より非科学的である。如何にも○太郎氏らしい。所詮三文小説家の成り上がりと言ったところか。

選手達は相手と戦うというより自分自身と戦っているのである。無心で戦っていると、時として幸運の女神が微笑んでくれる時がある。それが大舞台の時なら金メダルを手にする事になる。
戦う相手が、自分自身以外にマスコミやら心無い同胞達が加わると悲惨である。
全ての選手達が心おきなく実力を発揮できる環境を整えてあげてこそ本当の応援だと思う。
そしてたとえメダルには届かなくても自分自身に打ち勝った選手たちに声をかけてあげたい。
「よく頑張ったね。おつかれさん。」と。

Post Script
マスコミの異常さについてもう少し。
里谷多英バッシングは異常である。もとはと言えば彼女が長野オリンピックで優勝した事に端を発している。全くのノーマークだった彼女の優勝がマスコミのお気に召さなかったらしい。「誰に断って金なんか取ったんだ。」と怒っているのである。全く何様のつもりでいるのか。
そして優勝会見で彼女が帽子を被ったままだったのがまたまたお気に召さなかったようだ。
彼女にしてみれば髪がボサボサでそれを隠す為に被っていたそうだ。いかにも乙女らしい行為ではないか。自分達の年功序列社会のルールに合致していないからとの事で、「里谷多英は生意気」というレッテルがこの時に貼られてしまった。以来このシンデレラガールのバッシング記事は売れる。というのがマスコミの定説になってしまった。
叩かれながらも長野に続きソルトレークでもメダル(銅)を手にしたのはさすがである。
そしてトリノの前年、泥酔しての破廉恥行為報道。本人は選手活動を優先するため否定する事も偽報道への告訴も諦めたそうだ。「おもしろおかしく書き立てれば売れる。」なんて事がまかり通っているマスコミ界に自浄作用があるとは思えない。それを支えているのは、メダルが取れない事に裏切られた気になっている一般視聴者達である。愚かな視聴者と破廉恥なマスコミ、これらがなくならない限り多英ちゃん以外にも悲劇は続く。これらの人達自分自身が恥ずかしくないのですかね。選手達を守ってやるのが仕事である筈の**協会も真偽を確かめもせず「報道の原因を作った事自体が問題。」と里谷多英にペナルティを科している。これもマスコミが恐くてそれに迎合しているとしか思えない。こうなると報道の自由ではなく報道の犯罪である。
ここらで日本国民みんなでテレビもラジオも新聞も週刊誌も一斉に放棄してはどうですかね。そうでもしなきゃ腐る一方じゃないですかね。


2006年02月23日


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