【御岳食堂】につづき、小汚い食堂の第2弾。
19号線薮原の信号を暫らく北進すると左側にあります。(今でも在るかな?)
この辺りはずっと真っ直ぐの登り坂なので解りやすいと思います。
薮原の信号は丁字路(側道への分岐)で、左折するとすぐ道なりに右にカーブし19号線に沿うように北進します。
19号線が登り坂になっているのに対し降り坂となっています。降ってすぐまた丁字路となり直進するとJRの薮原駅へ、左折するとJRの高架をくぐり境峠へと続いています。
境峠は乗鞍、上高地への表参道です。今でこそ中央道、長野道経由で松本から乗鞍、上高地へ入る人も増えたようですが、当時は高速道路も無く19号線から松本経由では凄く遠回りでした。
そんな訳で春スキーの乗鞍、上高地基点の山行では、帰りには必ず【薮原食堂】に寄っていました。
【御岳食堂】と言い【薮原食堂】と言いこれら見た目では絶対に客が来ない食堂は何か他所にないものを持っていました。【御岳食堂】の蕎麦に対し【薮原食堂】はとろろ汁が有名でした。
山行帰りに最初に口にするまともな食べ物、その中には必ずとろろ汁の一品が含まれていました。
涸沢を朝立ち昼頃に白骨温泉で汗を流し【薮原食堂】は3時か4時頃でしょうか。空きっ腹だったから余計に旨く感じたのかもしれません。誰言うでもなくこちらでは【薮原食堂】に寄る事が、木曾辺りでは【御岳食堂】に寄る事が不文律となっていました。
冬は岐阜県側(新穂高)から入る事が多く41号線もよく走りましたが、こちらには必ず寄るという食堂はありませんでした。ドライブイン上呂、ドライブイン飛山辺りが多かったかな。ドライブイン飛山では【栗こわい】(栗入りのおこわです。)をよく買って帰りました。この近くに蕎麦専門店もありましたが特に旨い訳でもなくいつも素通りでした。
何年か前、Sさん一家と一緒に薮原へスキーに行った帰り渋滞に巻き込まれました。木曽福島のバイパスで堪りかねて食事休憩。なんとバイパス沿いに例の【車屋】(の支店?)が出来ていました。中津川の北はずれにも出来ているようです。
聞いた話ですが、「味を守りきれないから。」と一切多店舗展開はしなかったそうですが、世代交代の結果こうなったのでしょう。
永らく本店の蕎麦を食べてないので比較はできませんが、どこか【車屋】らしくない。
本店の磨き込まれ黒光りのする板の間、板壁、引き戸、窓枠、等の重厚さとは縁遠い、ただ小奇麗なだけの安っぽい造り。「本店とは全く違うな。」と思っているところに出された蕎麦を見てまたまたビックリ。蕎麦が艶々に光っているのである。とろろを繋ぎに使っているのだろうか。まあ上品ではある。そこそこの旨さはある。だが…、「車屋の蕎麦ってこの程度だったっけ?」
やはり先代の親爺が思っていた事が現実になってしまったのではないか?
「店を増やすと味を守りきれなくなる。」
これ以降【車屋】の蕎麦は口にしていません。【御岳食堂】の蕎麦も口にしていません。いや、蕎麦屋の蕎麦を全く食べていません。あんな蕎麦にお金を払う気になれません。
ああ、旨い蕎麦が食べたい…。
暖かくなったら、せめて【薮原食堂】のとろろ汁でも頂いて来ようかな? つぶれていたりして…。
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